• 発表2
    • 隔離空間で生きてきた人々の生:国立ハンセン病療養所「多磨全生園」における「ふるさとの森」の取り組みを通して

    • 坂田勝彦(筑波大学人文社会科学研究科博士課程)

    • 要旨
       本稿は,ハンセン病者に対する隔離について,その病いを抱えながら生きてきた 人々の経験から検討する.
       具体的には,多磨全生園の入園者による「ふるさとの森」の取り組みを取り上げる.隔離 政策によって,ハンセン病者は人生の大半を療養所という隔離空間で生きてきた.ゆえに その経験には,療養所という場を巡る意味づけが重要な影響を与えている.「ふるさとの 森」の取り組みから,本稿は隔離空間で生きてきた人々の経験と生活世界を明らかにす る.
       この園の齢が70を数えた1979年,入園者はこの場所を木々に溢れる森として地域に残す と宣言した.その後,緑化を進める中でかれらは全生園を「ふるさとの森」と名づけた. 社会の変化に伴い,戦後この療養所の有様は大きく変化した.そして多磨全生園の入園者 は,この場所の存在と自分たちが生きてきたことさえ忘れられる危機感に晒された.「ふ るさとの森」を通してかれらは,全生園とそこで生きてきた人生に,戦前のものに代わる 新たな意味を与えようとしていた.
       「ふるさとの森」の取り組みにおいて,この場所で生きた同病者は生と死を共にした道 連れとして,全生園は自分たちの作り上げてきた「第二の故郷」として意味づけられた. 隔離政策が付与した「ふるさとに帰ることのできない存在」というアイデンティティに 対し,「第二の故郷を作り上げてきた存在」という新たな自己規定を書き加える可能性 が,そこには胚胎していた.

      キーワード:ハンセン病,隔離,道づれ(コンボイ),戦後,生